初めてこの言葉を聞いた時から、「お金をもらう立場の人はお客様にサービスしなきゃいけないんだ」と思っていました。そこから「お客」=「お金を払う人」=「神」という図式ができあがってしまっているのではないかと思います。
もっとも、三波春夫氏の発言の本意は
「舞台の上では、神様の前で拍手を打ちような心境にあるわけで、私をそうしてくれるのが、お客様。お客様に自分が引き出され舞台に生かされる。お客様の力に、自然に神の姿を見るのです。
僕が「お客様は神様でございます」と言っているのはね、実はもう遥か千年も昔からその精神で芸っていうのはやってきたんですよ。
お客様は神様のつもりでやらなければ芸ではなかったんですね。」
というところだそうですけどね :-)
これもアレですな、「健全な精神は健全な肉体に宿る」系の言葉一人歩きなんですな。
つまり、最初に書いた私の理解は誤解だったわけですが、誤解したままの解釈で話を進めると、「客」=「神」と思っているのはあくまで「サービスを提供する人」だと思うわけです。ここにはサービスを提供する側が自然に客を慕える、尊敬できるという暗黙の了解が含まれているはずです。
ところが、客自身が「客」=「神」と思い込んでしまうと話がややこしくなります。
「(お金を払う)神なんだから、サービスせよ」
こういう態度の人を尊敬するのはなかなか難しい。とりあえず我慢してサービスしておけばお金がもらえるからまぁいいかと、客ではなくお金を見るようになる。なんとなくそんな気がしています。
こんな考え方はサービス業としては失格なのかもしれません。が、やはり仕事は気持ちよくやりたいですよね。話がこじれないようにするのも仕事のうち、だ。
#別にリアルでこんなことがあったわけじゃありませんよ、念のため ^^;
Posted by myan at 2007年03月13日 10:16 | TrackBack相方が接客業ということもあり、いろんなお客さんの話(愚痴?)を聞きます。「私は客なのだから××」という痛い発言をされるお客さんはかなり多い様です。(苦笑
相手の心は形には見えないし、想像をすることはできても本当に知ることは不可能なので、常に気に留める努力を怠らないようにしないといけませんよね。
基本は自分がされたら、言われたら嫌なことを人にしない、言わない様に心がける。そうすれば自然と痛い発言も減るように思います。
例外?として身内や親しい友人、親しい仕事仲間とは、たまには本音ぶつけ合って喧嘩するのも必要かと思いますけども(笑
うちの仕事の客は邪神ですな。人柱を差し出さないと静まらない。あーぁ。
Posted by: おかだ at 2007年03月17日 21:27